UIターン#14/9月「子どもがつかまり立ち」<現在地>

UIターン#14/9月「子どもがつかまり立ち」<現在地>

ドアを開いた人たち

山口 宏明さん(福島市出身。2020年6月、横浜市からUターン。1児の父。元システムエンジニア)

🔶家族3人で暮らす幸せ

 福島市に戻った2020年6月はコロナ禍の真っ只中でした。外を歩く時もマスクが欠かせず、息苦しい時期でしたが、家族3人で暮らせることが何よりうれしかったです。それまでは、スマホ越しにしか子どもの姿を見られませんでした。福島では毎日そばにいて、つかまり立ちなど日々の成長を間近で見られることに喜びと幸せを感じました。休日には車で少し足を延ばし、あづま総合運動公園をはじめ、あちこちの公園へ出かけるようになりました。横浜でも近くの緑道を散歩することはできましたが、電車での移動は周りに気を使い、車での移動は渋滞が多く、出かけるのが少しおっくうになることもありました。その点、福島では車で気楽に移動できます。「今日はどこへ行こうか」と考えて、思い立ったときに、行きたい場所へ出かけられる、そんな暮らし方が自分たちには合っていると感じました。

🔶大型免許取得、慣れない営業も

 仕事内容は大きく変わりました。家業は主に石灰・肥料の卸売で、私はトラックでの配送と営業を担当しています。横浜ではサンデードライバーだったので、準中型トラックの運転練習から始めました。今では大型免許を取得しました。横浜ではソフトウェア開発の仕事をしていたので、デスクワーク中心の生活から体を動かす仕事に変わったことも大きな変化でした。営業も未経験だったため、最初はお客様と何を話せばいいのか分からず、不安もありました。そんな中、親戚から地元の中小企業の経営者を紹介してもらい、いろいろと勉強する機会が増えました。福島は人のつながりが意外と近く、初めて会った人とも「○○さんを知っているよ」と、共通の知人を通じてつながることがあります。そうしたつながりに助けられながら、少しずつ仕事に慣れ、お客様とコミュニケーションを取れるようになっていきました。

 福島での生活に慣れてきた頃、もう一つ大きな出来事がありました。息子の発達にゆっくりな面があることが分かり、療育に通うようになったことです。眼科や児童精神科への定期的な通院も必要でした。そのため、仕事を休んだり、勤務時間を調整したりすることも増えました。家族経営の小さな会社なので、そうした事情に合わせて仕事を調整できたことはとても助かりました。横浜で働いていたら同じように仕事を休んだり勤務時間を変えたりすることは、もっと難しかったかもしれません。柔軟に勤務時間を調整できなければ、その分、妻の負担が増えていたと思います。

🔶Uターンした一番の理由

 振り返ってみると、Uターンした一番の理由は、家業を継ぐことではなく、家族3人で一緒に暮らすことでした。そのために、福島へ戻るという選択をしました。結果として家業を手伝うことになり、慣れない仕事で悩むこともあります。それでも、仕事や子育ての中で周りの人に助けてもらいながら、少しずつ自分たちなりの暮らしができるようになってきました。(つづく)(20260910)

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※tenten 結婚や、パートナーやご自身の転勤、そしてUターン等により地域に転入した方々(主に女性)の転入後の暮らしのサポートを行う団体です。転入・転勤・Uターン者が「来てよかった」「戻ってきてよかった」と思える社会を作るために、私たちは地域に来た女性の入口となり、居場所と役割をもって自分らしく一歩を踏み出せるきっかけをデザインする活動を行っています。詳しくはこちらのWEBサイトをご覧ください。
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福島に移住・転入した女性が、福島の暮らしの情報を発信するサイトも運営しています。
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