福島アンテナ
紺野美史さん(伊達市出身、福島市在住。2022年3月、東京都からUターン。2児の母)
🔶「福島なんて何もない」
「福島なんて何もないし、つまらない」と思っていました。伊達市で育ち、福島市の高校を卒業後にアメリカの州立大学に進みました。東京とシンガポールで働き、それなりに楽しい生活を送っていました。今は、絶対に戻らないと思っていた福島で、なぜか夫と2人の子どもと暮らしています。
2021年、東京はコロナ禍の真っただ中でした。当時子どもは3歳と1歳。電車に乗せられず、行ける場所は限られていました。私は毎朝近所の隅田川テラスを散歩して、ベンチで子どもたちと3人並んでおやつタイム。それが日課でした。「お外で遊びたいよね」と通りすがりのおじさんに声をかけられ、そうだよな、と思いながらもどうすることもできませんでした。公園の遊具は黄色いテープでぐるぐる巻きにされて、「密を避けましょう」と書かれた紙が貼られていて、子どもたちが近づこうとするたびに「だめだよ」「触らないで」と止めるしかありませんでした。「すみません」と周囲に気を遣いながら生活して、窮屈で仕方がなかった日々でした。夫はリモートワークで、夜、子どもが寝た後にトイレで電話会議をしていたこともありました。都心の1LDK。狭い家がいやだと毎日思い、ストレスがたまって夜中にコンビニへ行ってアメリカンドッグを買うような生活で、しっかり太りました(笑)。
🔶夏休みに帰省
その年の夏休み、1か月間福島に帰りました。午前中の早い時間、十六沼公園に行きました。子どもたちは着いた瞬間から走り出して、芝の上を転がったり、ぴょんぴょんドームで跳ねたりしていました。噴水では、きゃーきゃー言いながらあっという間にびしょびしょに。オムツがパンパンに膨らんでいても、気にせず走り回っていました。私は「だめ」とは言いませんでした。どんどんやれ~!この1年を取り戻せ、という気持ちでした。
少し離れたところで、下駄を履いた同じくらいの年の子どもたちが元気に遊んでいるのが目に留まりました。裸足や下駄で走り回って、声も大きくて、正直、ちょっとびっくりしたけれど、思わず見入ってしまいました。ああ、子どもってこういうものだったな。どこの幼稚園だろう、とその場でスマホで調べました。幼稚園バスで送迎もあるらしい!ここに通わせたい!
あれだけもう戻らないと思っていた福島。子どものころの私は、この土地が少し窮屈でした。近所に親戚が多くて、いつも誰かに見られているような感覚がありました。学校の帰り道、スクーターで通り過ぎる親戚のおばちゃん。週末に出かければ数日後に知り合いから母に「あそこで見かけたわよ」と告げ口される、そういう環境でした。
🔶Uターンを決めた日
それが今は、少し違って見えます。自分が子どもを育てる側になってみると、親だけじゃなくて、まわりの大人たちにも子どもを見てもらっているような感覚があって、地域の中にいる安心感は思っていたより大きいものでした。それに気づいてしまった夏でした。帰り道、夫にその話をしました。
「いつまでこの状況が続くか分からないし、引っ越しちゃおうかな(笑)」
「え、いいね、それ。」
「え?!本当に?!」
そんな軽いやり取りから、約20年ぶりに福島にUターンすることを決めました。(つづく)
(20260514)
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