伝えた「ひとりじゃない」 小児がん闘病、21歳で死去 柳内翔太さん(いわき)

伝えた「ひとりじゃない」 小児がん闘病、21歳で死去 柳内翔太さん(いわき)

若い世代の声

 入院の中高生と絵本作り 病気に立ち向かう子ども励ます

 2026年1月、小児がんのため21歳で亡くなった柳内翔太さん(いわき市)は、病魔と闘いながら、同じ境遇の子どもたちを絵を通して励まし続けた。入院していた病院で、幼少期から親しむ絵を同じ病棟の子どもに教えた他、がん治療を受けていた中高生(当時)の仲間3人と一緒に、病気に負けないよう応援する絵本作りにも打ち込んだ。「だいじょうぶ」「ひとりじゃないよ」―。絵本のページに温かみのある絵と共に書き込んだ言葉が読み手に勇気を与えてくれる。原画は福島市の東邦銀行本店に展示中で、思いやりの心が共感を呼んでいる。

 絵を描くのが大好きだった翔太さんは、いわき市の自宅から徒歩で1時間以上かけて浜辺のスケッチに出かけ、家族で浄土平や磐梯山を訪れてデッサンした。
 高校2年生の春ごろ、体に異変を感じた。足の痛みがなかなか消えない。福島市の福島医大付属病院で、骨の小児がん「ユーイング肉腫」と診断された。体中に転移していた。母の香織里さん(52)は行き場のない怒りと悲しみにさいなまれた。「なんでこの子だけ…」。現実を受け入れられず2カ月ほど記憶がないという。
 翔太さんは、痛みの理由と治療法が明確になったことで不安が減り、徐々に前向きになれた。小児腫瘍内科で抗がん剤治療が始まった。吐き気や貧血などの副作用に苦しんだが、自分より小さな子が一生懸命、病気と闘う姿が励みになった。「僕もできる。逃げ出したらかっこ悪い」と気持ちを奮い立たせた。
 翔太さんは自閉スペクトラム症(ASD)の障害があり、対話が得意ではなかった。それでも入院中は、同じ病棟の子どもが明るく毎日を過ごせるよう、積極的にコミュニケーションを取った。自ら話しかけ、絵を教えた。リハビリも一緒に頑張った。
 退院のめどが立った2023(令和5)年1月ごろ、絵本制作の話が持ち上がった。病に立ち向かう子どもを応援しようと、病棟の仲間3人とイラスト、文章、彩色などの役割を分担。翔太さんは「まきしょうた」のペンネームで絵本の背景と彩色を担当。主人公の熊やライオンなどの言葉を通じ、治療の心構えやバランスの良い食事の大切さなどを伝えた。命と向き合った経験を随所に落とし込んだ。絵本は2024年に完成し、同病院の入院患者らに届けられた。
 翔太さんは2023年2月、一度退院したが、がんが再発。再び入院し、新年の始まりを見届け、息を引き取った。生前は「いつも通りだね」が口癖だった。自然体でいられる時間が生きている証しだった。香織里さんら家族は毎日、遺影に「今日もいつも通り過ごすよ」と声をかける。一人じゃないと、伝えるために。

■6月30日まで原画展示 福島の東邦銀行本店
 東邦銀行本店ロビーでの原画展示は、病と闘う子どもと家族を応援する福島市の認定NPO法人パンダハウスを育てる会の企画。6月30日まで、原画13点と翔太さんが描いた透明水彩画6点、翔太さんと花の写真10枚を紹介している。入場無料。時間は平日午前9時から午後3時まで。
 原画はパンダハウスを育てる会のホームページでも閲覧できる。今後は別会場でも展示会の開催を検討している。問い合わせは同会 電話024(548)3711へ。(20260628)

【写真説明】 福島市でバラを描く翔太さん(母親の香織里さん提供)=2025年7月

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