「悪魔払い」異様さ際立つ 福島県の須賀川祈禱師殺人事件から30年 「今の時代も起きかねない」

  • [エリア] 福島市 須賀川市
「悪魔払い」異様さ際立つ 福島県の須賀川祈禱師殺人事件から30年 「今の時代も起きかねない」

福島のニュース


福島県須賀川市の住宅で男女6人の変死体が見つかった「須賀川祈禱師[きとうし]殺人事件」の発覚から7月で30年を迎えた。オウム真理教による地下鉄サリン事件と同じ年に県内で起きた惨劇は、福島県犯罪史に深く刻まれている。主犯・江藤幸子元死刑囚=執行時(65)=が「悪魔払い」と称した宗教行為の名の下に、犯罪を正当化していたとされる。精神鑑定を担当した医師は「物価高などで社会不安が高まれば、類似の事件が今の時代でも起きかねない」と警鐘を鳴らす。■6人所在不明
「被害者が多く、できれば経験したくない事件だった」。当時の須賀川署長の斎藤克彦さん(82)=福島市=はこう振り返る。事件が明るみに出たのは1995(平成7)年7月。江藤元死刑囚らから暴行を受けた信者の家族が警察に通報したのがきっかけだった。県警の事情聴取に対し、信者は「(江藤元死刑囚の)家の中に黒くなって寝ている人たちがいる」と語り、6人の名前を挙げたという。
斎藤さんが県警本部に信者の話を報告したところ、ほとんどの人が半信半疑だったという。捜査員に6人の所在確認を指示し、1人でも生存者がいれば、信者の証言は信ぴょう性に欠けると考えていた。だが、全員の行方がつかめなかったことで事態は急展開する。■「生き返る」
7月5日午前7時ごろ。梅雨空で小雨が降り注ぐ中、須賀川署刑事課長だった熊坂陸平さん(76)=福島市=ら捜査員は、信者に対する傷害容疑で江藤元死刑囚の自宅に家宅捜索に入った。玄関を開けた瞬間、強烈な死臭が鼻をついた。廊下を抜けると、8畳間に横たわる腐敗が進んだ遺体が目に飛び込んできた。その数、6体。遺体には布団がかけられ、顔にはハエ帳がかぶせてあった。江藤元死刑囚の下に集まった信者と遺体が“同居”する異様な光景を目の当たりにした。
「お盆になると生き返ります」。淡々と説明する江藤元死刑囚に対し「『なに、ばかなこと言ってるんだ』と返すしかなかった」と熊坂さんは回顧する。同日中に江藤元死刑囚を含む男女4人を逮捕。県警の118日間に及ぶ捜査が始まった。■殺意の立証
江藤元死刑囚らは「御用」と称し、信者をばちでたたいて死亡させたとされた。しかし、「悪魔払いのため」などと宗教行為を主張。こうした訴えに斎藤さん、熊坂さんとも「殺意の立証が最も難しかった」と口をそろえる。
検察側と協議を重ね「経験則」で、殺人を立証していく方針を固めた。最初の被害者2人に対しては暴行で死亡させたとする傷害致死罪で起訴し、3人目以降は殺人罪を適用して裁判に持ち込んだ。最初の2人と同様の暴行を加えれば、相手が死亡すると分かる―との「経験則」を盾に殺意を証明したという。
江藤元死刑囚は最高裁で死刑判決が確定し、2012年9月に刑が執行された。裁判では男性信者への独占欲や集団内の権威保持から犯行に及んだと認定された。宗教の名を借りた犯罪に関しての関係機関などの対応について、斎藤さんは「難しい問題だが、しっかりと事件化し行動を起こすべきだ」、熊坂さんは「一歩踏み込んだ対応が求められる」と言葉に力を込める。■江藤元死刑囚鑑定医師が警鐘
社会全体で救いの手を
福島地裁で開かれた江藤幸子元死刑囚ら4人の裁判は精神鑑定で一時中断し、再開まで異例の約3年を要した。当時、福島医大神経精神科学講座教授として鑑定を担当した丹羽真一氏(78)=現福島医大会津医療センター精神医学講座特任教授=は江藤元死刑囚について「独特な考え方を持ち、人を動かす圧力というか雰囲気があった」と語る。
丹羽氏は江藤元死刑囚との面談や心理検査などを重ねた末、責任能力があると判断した。信者をマインドコントロールしたとみているが、自身の宗教行為にどれほど力があると信じていたかは最後まではっきりしなかったという。
被害者を心理的に支配する事件は後を絶たない。丹羽氏は交流サイト(SNS)では「一定数が信じれば誤情報が常識になる」と、その恐ろしさを指摘。“教祖”の教えを盲信するような構図と共通しているとする。現代のように物価高などで経済的に困窮する状況が長引いた場合、宗教的なものに救いを求める人々が増えるのではないかとの懸念も語る。
須賀川祈禱師殺人事件と同様の悲劇が起きないよう「救いを求める人に適切な支援をし、社会全体で手を差し伸べることが必要だ」と訴える。※須賀川市の祈禱師殺人事件
1995(平成7)年7月、須賀川市の祈禱師江藤幸子元死刑囚方で男女6人の変死体が見つかった。江藤元死刑囚ら4人が宗教行為と称して男女6人を暴行し、このうち4人を殺害、2人を死亡させたとして殺人、傷害致死の疑いで逮捕・起訴された。一、二審を経て2008年10月に最高裁で江藤元死刑囚の死刑が確定し、2012年9月に刑が執行された。他の男女3人は懲役18年から無期懲役までの刑期が確定した。