【あなたらしく、わたしらしく―男女共生はいま―】消防の性差 人命救助に女性の視点 福島県内初、消防学校教官に

  • [エリア] 郡山市
【あなたらしく、わたしらしく―男女共生はいま―】消防の性差 人命救助に女性の視点 福島県内初、消防学校教官に

福島のニュース


こめかみを伝う汗を滴らせ、腕立て伏せを繰り返す。福島県消防学校初の女性教官に4月に就いた工藤裕美さん(42)=郡山市出身=は、空き時間を見つけてトレーニングにいそしむ。
「男性に負けられない」。消防士として必要な気力と体力を養う日課をこなす胸の内には、そんな思いをしのばせる。
消防の世界に飛び込んだのは、消防士だった父に憧れたから。高校生の時、郡山地方広域消防本部に、初の女性消防士が誕生したニュースを耳にし、挑戦しようと決めた。肉体的な強さが求められる過酷な仕事に、バレーボールの部活動で培ったスタミナを生かせる自信があった。高校卒業後の2001(平成13)年春、郡山地方広域消防本部の消防士に採用された。
厳しい現実が待ち受けていた。









救急や火災の現場の最前線に立ち数年がたったころ、先輩から浴びせられた女性に対する厳しい一言が今でも忘れられない。「性別を理由に評価されてたまるか」。偏見をはねのけようと、どのような仕事でも率先して引き受けてきた。
それでも重い機材を抱え、危険な場所に真っ先に向かうのは同僚の男性が多かった。差をつけられ、悔しさが募った。いつか認めてもらえる日が来ると信じ、ひた向きさを失わなかった。
2007年に自衛官の男性と結婚して3人の子を授かった。子育てを経験したことで、人に寄り添い、いたわる気持ちが一層高まった。
ある日、救急出動した先で急病に苦しむひとり親の女性がいた。幼児を世話しながら血尿が止まらない不調に耐えていた。「大丈夫。頑張ってるね」。共に幼い子を育てる身として、心細かったであろう心情に思いをはせ、優しく語りかけた。女性は工藤さんに抱きつき、涙をあふれさせた。その時、女性消防士の存在意義を強く感じたという。
工藤さんの扱いに手探りだった職場の雰囲気は徐々に変わり、消防本部から県消防学校の教官を打診された。「女性消防士に努力と工夫次第で活躍の場が広がると伝えたい」。2年間の教官生活を歩み始めた。









24時間体制で災害対応や治安の維持に当たる消防、警察、自衛隊、海上保安庁の中で、消防は女性の進出が遅れている。2023(令和5)年春の時点で職員に占める女性の割合は他の3機関で10%前後なのに対し、3・5%に低迷。県内はさらに低い2・1%にとどまっている。
県消防保安課によると、女性用のトイレや仮眠室の不足といった施設の不備が主な理由だ。小規模な消防本部や消防署が多く、限られた予算で施設の修繕に時間を要しているという。消防庁は2026年度までに女性消防士の割合を5%に引き上げる目標を掲げ、職場改革や採用活動の推進をしている。
工藤さんは「災害が頻発する中、被災者対応には女性の視点や役割がますます重要になっている」として対策が急務だと訴える。
さらに女性消防士の比率が低い要因として、離職者の多さが指摘されている。消防行政に詳しい日本体育大救急蘇生・災害医療学研究室の中沢真弓教授は、数値目標の達成以上に社会の意識を変える必要性を強調する。女性が救急や警防など希望した職種に努力しても就きにくい壁が立ちはだかり、定着に結び付いていないとみる。「男性が標準という固定観念を捨て、組織の在り方を見直さなければならない」としている。