【ふくしま創生 挑戦者の流儀】ハンドレッド(福島県郡山市)社長・栢本直行(中) 世界初技術の採血針

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【ふくしま創生 挑戦者の流儀】ハンドレッド(福島県郡山市)社長・栢本直行(中) 世界初技術の採血針

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動物福祉への貢献を目指してベンチャー企業「ハンドレッド」を設立した栢本直行(47)だったが、社業の柱に据える事業を探しあぐねていた。
前職の日本全薬工業の同僚だった技術者・村上誠(63)から、実験動物用の採血針の取り扱いに関する事業化を持ちかけられ、新たな可能性に胸を熱くした。針は日本全薬工業で、栢本と村上が協力して開発し、製品化にこぎ着けた思い入れの深いものだった。「村上さんとなら、夢をかなえられる」■動物の苦痛軽減
共同開発者と再び事業化
2000年代初頭、一般的な動物実験は何十匹というマウスを複数の群に分け、新薬などの効果に関するデータを収集していた。当時は生体のまま、個体ごとに繰り返して採血する現代の手法は確立されていなかった。
薬の効果などは群ごとの平均値に基づく分析が主流で、より正確なデータを求める声が上がっていた。同時に、採血はマウスの尾の切断や心臓を刺す手法が中心で、動物福祉の観点でも課題があった。
マウスの個体別データの取得に関する技術開発の分野で、長年にわたり動物の臨床試験に携わってきたのが村上だった。村上は社内で動物実験倫理委員会を設立し、動物福祉に配慮した実験計画書の改善に取り組むなど、動物を大切にしたい思いが人一倍強かった。
研究内容の取りまとめ役を務めていた栢本の協力を得ながら村上は試行錯誤を重ね、マウスから採血する際、生体への影響を極力抑えられる針の開発に成功した。細い管や隙間に液体が浸透する「毛細管現象」を用いて自然に血液を吸い上げるため、生体の苦痛を軽減できるのが最大の利点だった。
針の周囲に羽根のつまみを付けた形状にした。熟練の採血技術がなくても、マウスの尻尾の血管に対してほぼ平行に針を挿入でき、試験精度の向上につなげた。構想から6年余りを費やしたが、世界初の技術開発となった。
開発した針は特許を取得し、東北地方発明表彰で日本弁理士会長賞に輝くなど革新的な採血器具として高い評価を得た。日本全薬工業は2016(平成28)年2月、販売を開始した。
採血針は国内の大学や大手製薬企業、研究機関の研究者らに採用された。ただ、国内の研究現場で採血針の画期的な特徴への理解が十分に浸透せず、売り上げは伸び悩んだ。「これは必ず売れる」と満を持して世に送り出した製品だったが、3年余りで販売は終了せざるを得なかった。

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村上は終売を受け、約30年間勤めた会社からの早期退職を決意した。ただ、採血針に対する潜在的需要の可能性を捨てきれずにいた。製品を一緒に開発した栢本と連絡を取り合い、迷わずハンドレッドへの合流を決めた。
「まだまだ需要は掘り起こせる」。栢本は村上とともに、日本全薬工業に赴いた。福井邦顕会長(当時)と面談し、膝詰めで事業を通じた動物福祉への思いを訴えた。
福井は動物の命を大切に思う2人の情熱にほだされた。「針を引き継ぎ、世に広げてほしい」。虎の子であろう採血針の開発特許をハンドレッドに無償で譲り渡した。同じ釜の飯を食ってきた「同志」への最大級のエールだった。
2020(令和2)年。栢本は村上という最良の理解者を得て、国内外での販売促進にねじを巻き直そうとした矢先、新型コロナウイルスの世界的流行が大きな壁となって立ちはだかった。(文中敬称略)