福島のニュース
学法福島高野球部出身の俳優松谷鷹也さん(31)は、脳腫瘍のため28歳で他界したプロ野球元阪神の外野手横田慎太郎さんを映画で演じる。白球を追った高校時代は東日本大震災と東京電力福島第1原発事故に直面。大学時代には、けがで夢を諦めた。誰かの力になれる役者を目指し、努力の末に大役をつかんだ。役作りでは病と闘った横田さんに自らの挫折を重ねた。初主演作「栄光のバックホーム」の公開は11月28日。「福島での3年間が支えになっている。見る人に生きる活力を届けたい」と願う。
神奈川県出身。巨人の投手だった父竜二郎さん(61)と4歳上の兄に憧れ、小学2年で野球を始めた。中学時代から硬式でプレー。学法福島高の藤森孝広監督(47)に誘われ、福島の地を踏んだ。180センチ超の長身左腕として頭角を現し、2010(平成22)年秋は東北大会まで進んだ。練習漬けの日々を送っていたが、3年に上がる前の春に震災が起きた。
しばらくは練習もできずボランティアに励んだ。寮近くのお年寄り宅のがれきを片付けると、「ありがとう」と謝礼と食べ物をもらった。「見知らぬ自分になぜ、手に入るか分からない食料をくれるんだろう」。3月11日が来るたびに思い出す。当時は高校が野球に力を入れ始めた頃。県外出身者が多く、原発事故の影響を考慮して一時、部員たちは散り散りになった。春季大会は中止され、夏の福島大会も8強で敗れた。「人生を懸けて福島に来た」だけに悔しさが募った。
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高校卒業後も、プロの夢を諦められなかった。幼い頃に病児が野球選手に励まされ、手術を決める姿を映像で見て人を勇気づける仕事と感じたからだ。常磐大(水戸市)に進学したが、半年で肩を痛めた。回復するとは思えず、心が折れた。中退して実家に引きこもった。
再起の力をくれたのは兄に薦められた「仮面ライダーカブト」だ。ヒーローの姿に「役者も誰かの背中を押せる」と俳優業に引かれた。長身を生かしてモデルを始め、運送や引っ越しの仕事をしながら好機を待った。
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5年前に秋山純監督と出会い、しばらくして今作の主役候補に推された。野球選手役をつかみたい一心で10年ぶりにグラブを握った。正式に主役に決まると、広島県福山市の硬式社会人チームに参加。筋力トレーニングや食生活改善に励み、体重を20キロ増やした。
横田さんとはコロナ禍の2021(令和3)年8月にオンラインで初接触し、左投げ左打ち、父が元プロという共通項もあって打ち解けた。投手用グラブを使っていると話すと、現役時代に使っていたグラブが届いた。翌年4月にグラブを手に横田さんの住む鹿児島を訪ね、念願の対面を果たした。闘病中でも「いろんな人に助けてもらった。今度は僕が支えたい」と澄んだ瞳で語る姿にほれ込んだ。敬意を忘れまいと、撮影には常にグラブを携えて臨んだ。
横田さんは映画の完成を見ずに2年前の7月に生涯を終えたが、生きざまや家族との絆、愛された人柄が伝わる作品になったと信じている。松谷さんは「苦しいことは誰にでもある。目の前の物事に全力で取り組む大切さが伝わればいいな」と話している。■苦労報われた/演技の下地に
高校時代の恩師や同期
松谷さんの学法福島高時代の恩師や仲間も大役を射止めたことを喜んでいる。藤森監督は「松谷は常に一生懸命だった。主役という形で苦労が報われた」と活躍に目を細める。
高校時代の松谷さんは人を気遣え、一つの目標に向って、黙々と努力する選手だった。マウンド上では窮地でも悔しさや焦りを顔に出さない姿を「演技力の下地があったかもしれない」と思い返した。
同期生でいずれも会社員の塩瀬龍さん(32)は捕手・主将、天野大介さん(31)は記録員として共に甲子園を目指した。同郷で寮生の2人は食の細い松谷さんが最後まで食堂に残り、食べていた姿を覚えている。塩瀬さん、天野さんは「当時の仲間が懸命に夢を追う姿は励みになる」と感慨を口にした。※栄光のバックホーム
2013(平成25)年のドラフトで阪神から2位指名を受け、入団した横田慎太郎さんが主人公。21歳で脳腫瘍を発症し、闘病の末に復帰を目指した。引退試合となった2019(令和元)年9月の2軍戦で中堅から見事なバックホームを投じた。映画では引退後の姿も描く。母親役の鈴木京香さんら著名俳優陣が出演している。県内ではポレポレシネマズいわき小名浜(いわき市)で公開予定。

