福島のニュース
晩秋の風が吹き抜ける浜通りの山あい。木々の落葉が進む光景の中に時計の針が止まったままの場所がある。造成地にコンクリートの基礎だけが残り、支えるはずの柱も壁もない。重機の音も、人の気配も消えて久しい。傍らには赤い鉄骨が無造作に積まれ、現場から槌[つち]音[おと]が途絶えて4年以上の歳月を物語る。
川内村が東日本大震災と東京電力福島第1原発事故からの復興を目指して整備した田ノ入工業団地の一画だ。本来なら食品加工工場が稼働し、数十人の雇用を生むはずだった。事業主は千葉県に本社を置く企業「農(みのり)」。2019(令和元)年秋に着工した工場は、村の新たな希望の象徴とみられていた。
「将来的には野菜を年間30~50ヘクタール分、コメ200ヘクタール分を確保する」。農は大規模なカット野菜や総菜製造の計画を掲げていた。「相場よりも高く買う」。そうした声かけに多くの生産者が期待を抱いた。村内の農事組合法人農業大楽の秋元英男(71)は、実際に農の既に稼働している別工場向けにコメの納品を始めた。取引の継続だけでなく、生産量拡大の構想も描いていた。
だが、夢は打ち砕かれる。村によると、新型コロナウイルス感染拡大などを機に工事は中断を余儀なくされ、完成予定が遅れた。さらに、経営不振を理由に建設休止が村に通達された。「業績が回復したら必ず再開する」。社長の言葉を信じ、村は再開を待ったが、結論は「撤退」の2文字だった。
問題は続く。残された基礎部分などの扱いを巡り、いまだ農から明確な回答が示されていない。会社のホームページに記載された電話番号は使われておらず、現在の事業状況は不明だ。
村政策推進監の宮内浩によると、村は賃貸借契約を解除すれば原状回復を求めることが可能だが、契約は続いている。会社との協議の場は設けられていないためで、団地への新規企業誘致を阻む壁になっている。「復興の陰の象徴だ」。そう嘆く村民も少なくない。
地元が企業を信じ続けたのには理由がある。国の産業復興支援策の柱である「自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金(自立補助金)」の採択、いわば「お墨付き」を受けていたためだ。被災地での工場進出や事業再開を後押しする仕組みとして高い補助率を設定し、これまでに200を超える企業が採択された。一方で、辞退や事業中止となり、農のように地域に影響を残すケースも少なくない。そうした企業の詳しい内情などは国の補助金の審査を経ても事前に把握できない課題が指摘されている。
震災と原発事故の発生から、来年で15年となる。国は「あらゆる知恵と力を結集し、総力で実行する」との復興の方針を掲げ、数々の支援策を打ち出してきた。その裏で、長期の災禍に伴う新たな課題も生まれている。復興の施策は今、被災地の実情に沿っているのか。改善すべき点はどこにあるのか。現場の声を通して、問いを見つめ直していく。(文中敬称略)■自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金
東日本大震災、東京電力福島第1原発事故の被害を受けた浜通りなどへの企業立地を促進し、住民の自立・帰還を加速させる目的で、国が2016(平成28)年度に創設した。対象や補助の要件ごとに「製造・サービス業等立地支援」「地域経済効果立地支援」「商業施設等立地支援」の3種類の補助が設けられているのが特徴。建物整備費など初期投資を主に支援し、業種や地域への経済効果の程度などによって最大50億円、費用の5分の4が補助される。

