福島のニュース
2022(令和4)年3月、「その日」は突然やって来た。川内村に進出を計画していた千葉県多古町の食品関連企業「農(みのり)」の工場で、男性社長は「給料が払えない」と告げ、100人近い従業員に解雇を通告した。元幹部の男性は「給料の未払いも続いていた」と振り返り、同社の経営は以降、事実上全て止まったと明かす。
元幹部の男性によると、社長は当時、10を超える子会社を設立するなど事業を広げ続けていた。同時に村への工場立地の実現度も薄まっていったように映ったという。社長が話した工事が進まない理由が建設部材の入荷遅れや気候など次々と変遷したからだ。その上で推し量る。「事業を進める気はなく、復興需要がある福島で金を得ようというもくろみだけがあった」
周辺住民によると、千葉県の工場は現在、稼働しておらず、出入りする人はいないという。
村民は「そうした企業がなぜ補助金の申請を通ったのか…」と首をかしげる。
同社が採択を受けた自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金(自立補助金)の申請に当たっては、経済産業省は事業内容や雇用確保だけではなく、資金力など経営基盤を確認している。事業の将来性など収益確保の見通しも把握し、被災地で経営が可能かを見ている。外部有識者による審査委員会で評価する徹底ぶりだ。
ただ、昨年秋の行政事業レビューで有識者は資金の調達先が定まっていなくても応募できるなど問題点を指摘。別の復興庁の検証会合で、経産省担当者が制度創設初期の採択について復興を急ぐため件数が多くなった点を認めた上で「不慣れな部分があった」と釈明した。
現在は改善を図り、計画の熟度など審査の精度を高めた結果、以前より事業廃止などの割合は減ったという。それでも事業化に至らない採択案件がある点について、同省関係者は「資材高騰などもあり、進出が順調に進むかの見極めが以前より難しい」と国の目による確認の限界を打ち明ける。
自立補助金の申請については基本的に事業者と国とのやりとりで終始するため、地元は関与しない。ただ、同社の撤退について、村は「当時の企業体力などを把握しなかった点は重く受け止めなければならない」と省みる。
一方、補助金を活用した企業誘致は今後も村の復興加速に必要不可欠と考える。過去の事例を教訓に、撤退事案を出さないため、進出しようとする企業の体力や経営理念などを判断する評価軸をつくる方針だ。その上で、村政策推進監の宮内浩は「企業に対する立地後のフォローをより一層丁寧に対応していくことが大事だ」と、地域の復興に貢献し、定着するための経営環境を整えていく体制が重要との考えを示した。
被災地の各自治体が企業の呼び込みを競うように進める中、自立補助金にある補助率の「地域差」が新たな懸念を生んでいる。(文中敬称略)

