戦後80年 戦没者慰霊碑 遺族高齢化で維持困難に 実態踏まえた行政対応注目 福島県内で深刻化

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戦後から80年が過ぎる中、戦没者を追悼するため各地に民間によって建てられた慰霊碑の維持管理が困難となる事例が相次いでいる。福島県内には約520基の碑があるが、管理を担ってきた遺族会の高齢化や会員減少、解散を背景に、老朽化しても修繕がままならない地域も出始めた。戦禍の記憶の風化を防ぎ、平和の尊さを伝える象徴として残せるよう、遺族会が行政に検討を求める中、今年度の実態調査を踏まえた対策を打ち出せるかが注目される。
石川町母畑字樋田地区の北須川沿いにある高さ約5メートルの慰霊碑は現在、同じ場所に一部分を分けて建立している。「忠魂碑」と書かれた碑の上部は倒壊の恐れがあったため、地元の遺族会や町が協力して下ろす作業を行った。本来は老朽化のため、修繕や移設が必要という。だが、会員数が減り続ける遺族会だけでは対応できないのが現状だ。
石川郡遺族連合会で会長を務める緑川一男さん(82)=石川町=の父・汎[ひろし]さんは中国河北省で戦死した。犠牲になった地元の兵士を悼む碑は父の「生きた証し」だ。郡内には他に震災の際に倒れて横たわったままの慰霊碑や、管理者が分からないものもあるとされ、緑川さんは「戦争の記憶を語り継ぐためにも、より良い管理方法はないものか」と悩ましげに語る。
県遺族会の会員は昭和60年代の2万4千人をピークに減少を続け、今年2月時点で6分の1の4279人まで減った。「消滅」する団体は後を絶たず、中島村遺族会は4月に会員の高齢化などを理由に解散。同様の動きは県内各地で相次いでおり、慰霊碑管理の担い手の問題はより深刻化している。
国は自治体による移設などの費用を補助する制度を設けている。ただ、市町村にも負担が生じる中、活用は2023年度時点で26基にとどまるなど状況の大幅な改善にはつながっていない。制度を活用したある町の担当者は遺族の思いに応えたいとしつつ、「自治体が複数の碑の修繕や移設をするとなると(財源の確保などは)容易ではない」と打ち明ける。
中山間地を多く抱える福島県では山中に建てられ、遺族会員が体力的に管理するのが難しい場所も多い。遺族は保存を求めているが、現存する全ての慰霊碑への対応は困難との見方が強まる。川内村では東日本大震災で一部の碑の土台が壊れたのを機に8年前、村内にあった忠魂碑や平和記念碑など5基を旧川内中敷地内に集約。管理しやすさなどの利点も生じたという。県遺族会事務局長の佐藤洋孝さん(84)は「どの碑を残すか、選択と集約の動きが進むのではないか」とみる。
ただ、現存する碑の数が少なくなることで県内各地で次世代への記憶の継承に影響が生じると危惧する声もある。双葉郡遺族会顧問、沢原善男さん(83)=大熊町、いわき市に避難=は「貴重な文化的遺産である碑を平和のモニュメントとして子どもたちの平和教育に活用してもらいたい」と提案。行政による対応の強化を求めている。