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福島県南相馬市の小高工高(現小高産業技術高)剣道部顧問で教士七段・浅倉博之さん(当時43歳)が東日本大震災の津波で亡くなってから間もなく15年となる。「浅倉さんから受け継いだ剣道の火を絶やさない」。地元南相馬市では毎年、浅倉さんの名を冠した剣道大会が開かれている。3月には、追悼稽古も行われている。今年も3月11日近くに小高産業技術高で実施予定だ。参加者は浅倉さんをしのぶとともに、技術の向上を誓う。■仲間や教え子
普及、技術向上誓う
「『こわもて』ながら、いたずら好きだった」。剣道仲間の荒義紀さん(53)と教え子の鈴木孝洋さん(45)は振り返る。浅倉さんは「剣は心なり」「継続は力なり」を座右の銘に掲げ、時に厳しく、時に優しく生徒と接した。学校以外でも精力的に活動し、スポーツ少年団での指導や県剣道連盟常任理事として相双地方を中心に剣道の普及に尽力した。
荒さんと鈴木さんによると、浅倉さんは震災当日、体調不良で病院を受診し、その帰りに津波にのまれたとみられる。市内原町区の海沿いにある自宅方面に向かう浅倉さんの車を見た人がいる。当時、自宅には家族がいたという。しばらくは行方不明だったが、2011(平成23)年6月に遺体が見つかった。
震災後、剣道仲間や教え子が遺族から受けた寄付金で「浅倉杯」を購入し、毎年開かれていた「原町区剣道大会」の優勝者に贈ることにした。2019年には浅倉さんの名を後世に伝えようと、大会名を「浅倉杯争奪剣道大会」に改名した。昨年の大会には小学生や社会人ら約100人が技を競った。会場には浅倉さんの防具などを並べ、震災後に生まれた若い剣士とともに功績をしのんだ。
鈴木さんは小高工高で3年間指導を受けた。「先生への恩返しになれば」と、浅倉さんが務めていた県剣道連盟相馬支部事務局長の1年間の残任期間を引き受けた。2020(令和2)年から再び事務局長を担っている。地域のスポーツ少年団で指導する際に参考にするのは恩師の姿だ。浅倉さんは他校の生徒にも声をかけ、助言していた。「あの背中に近づけるよう精進したい」と誓う。
荒さんは、元相馬高剣道部顧問。現在、湖南高校長を務める傍ら、南相馬市で仲間と稽古に励む。「浅倉さんがやってきたこと、やりたかったことに打ち込むのが自分の使命」と剣士や指導者の育成に全力を注ぐ。

