【復興検証 震災・原発事故15年】第2部 福島県外避難・加須編➋ 「一時的」想定が15年 住民票つながる証し

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【復興検証 震災・原発事故15年】第2部 福島県外避難・加須編➋ 「一時的」想定が15年 住民票つながる証し

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国は東京電力福島第1原発事故の発生から約5カ月後の2011(平成23)年8月、原発避難者特例法を定めた。福島県内13市町村(双葉郡8町村、いわき、田村、南相馬、川俣、飯舘の5市町村)から県内外に避難した人々が住民票を移さずに医療・福祉、教育、ごみ処理など一定の行政サービスを避難先の自治体から受けられる仕組みだ。
ただ、避難者を受け入れた地域によっては法の解釈や認識の違いから避難者が何度も窓口に通ったり、就学などの手続きが滞ったりする場合があったとされる。避難先のJAに加入するため、埼玉県加須市民になる道を選んだ渋谷一弘(78)の例のように、就労環境や民間取引の円滑化を担保するものではなかった。
双葉町埼玉自治会長の吉田俊秀(77)は庭の姫ユズを見上げた。加須市に居を構えたのは2013年だ。当時、植えた若木は毎冬、枝がたわむほど実をつける。「双葉を離れて間もなく15年。あっという間な気もするし、長かったとも思う」と歩みを振り返る。
双葉町は事故直後に川俣町からさいたまスーパーアリーナ、加須市に役場機能ごと逃れた。吉田は旧騎西高での避難生活を経て市内に新居を求め、隣組に入った。組長を2度務めた。行事などを通して顔なじみも増え、地域に根付いた。それでも、「潮の香り漂う古里にいつか戻る」との願いは変わらない。
年の瀬は双葉町内の墓に花を手向け、先祖にその一年を報告してきた。避難先に住民票を移せば、町民や古里の動静が見えにくくなる。「町と町民をつなぐ証し」と思い、住民票を町に残している。「双葉町民であると同時に加須市で暮らす生活者」という意識で半生を過ごしてきた。
二つの自治体に住民票を持つ「二重の住民票」が原発事故を機に実現しなかった背景に「避難は一時的」との前提で復興政策が進んだ事情がある。特例法も一度も改正されていない。総務省は「避難者が住民票を移さずサービスを受ける権利を有している」(市町村課)との立場を示す。
地方自治法や住民基本台帳法などでは、住民票は一地域でしか持てないとされている。2014年4月の衆院総務委では当時の門山泰明自治行政局長が選挙権・被選挙権を二重に持つこと、納税の面で二重課税の懸念がある点を課題に挙げ、二重住民票の「制度化は大変難しい」と答弁した。同省によると、これは今も政府の統一見解という。
ただ、実際には避難生活が長引く中、さまざまな不便に直面し、避難先と避難元のどちらの住民となるかの選択を迫られた人々はいる。吉田も「転校に時間がかかった」といった苦労を耳にした。加須市は市民に脳ドック費の一部を補助している。双葉町民のままの吉田は支援の対象外だが、市は双葉町民にも補助券を配っている。吉田は善意に感謝しつつも、「国策である原発の事故で避難した人が避難先での生活に支障がないよう、国は真剣に考えてくれたのか」との疑念を拭えずにいる。(文中敬称略)