【震災・原発事故15年】人つなぐ、古里双葉で 交流拠点整備に挑戦 官林春奈さん(福島県双葉町出身)

  • [エリア] 双葉町
【震災・原発事故15年】人つなぐ、古里双葉で 交流拠点整備に挑戦 官林春奈さん(福島県双葉町出身)

福島のニュース


古里に帰る日が近づき、再生途上の街並みを見下ろした。福島県双葉町出身の映像プロデューサー、官林春奈さん(42)=千葉県酒々井町=は今春、双葉町に住民票を移し、人を呼び込む挑戦を始める。家族を千葉県に残し、二拠点生活を送りながら故郷再生の一翼を担いたいと誓う。町内に新たな建物は増えてきたが、居住人口は200人に満たず、復興は道半ば。それでも、古里は可能性を秘めた「余白」に映る。石川県の能登半島など全国の被災地と関わる縁を生かし、人や行事、商品が重なり合うような未来を描きたいと願う。
当初から、復興に強い関心を抱いていたわけではない。「たぶん、もう帰れないかもしれない」「自分一人じゃ、何もできないだろう」―。どこか、心の中で距離を置いていた。ただ、一時帰宅の際に被災地の記録を収め続けていた。
転機は発災から7年後。仕事先からの勧めで初の個展を千葉市で開いた。野生動物に荒らされた実家、時が止まったかのように崩れたままの建物…。写真を数十枚飾りメッセージを添えた。涙する来場者の反応に抑えていた感情が動く。「愛した古里の記憶を伝えたい」。背中を押された気がした。
全国で復興支援を展開する一般社団法人「LOVE
FOR
NIPPON(ラブ
フォー
ニッポン)」に参画し、県内では唯一の理事を担う。代表のキャンドル・ジュンさんと共に「FUTABA
PEACE合同会社」を昨年7月に設立し、町内の空き家を取得して法人登記した。町に暮らすのは18歳で上京して以来。夫の直樹さん(42)、高校生の長女(16)、中学生の長男(12)を酒々井町に残し、自宅と古里を行き交う二拠点生活を送る。家族も復興支援活動に加わり、自らの信念を理解している。
「町を訪れた人が気軽に立ち寄り、つながれる場所の一つでありたい」。現在、町内の空き店舗を新たな事業拠点にしようと、所有者と調整を進めている。そこには、本業の映像・アーカイブ制作・発信のみならず、カフェやギャラリー、配信スタジオといった多様な交流機能を持たせる。被災地間のつながりも念頭に置く。双葉や能登、熊本など各地の産品を組み合わせた新商品を開発する。能登発祥の新スポーツを通じて交流の輪を広げる。
毎月1日は能登に出向き、震災月命日の行事に参加してきた。昨年末も訪れ、年越しを能登町で迎えた。足を運ぶたび、能登と古里の姿を重ね「復興の進み方に差があり、取り残されていると感じている人がいる」と被災地の風化を気にかける。
実家は特定復興再生拠点区域(復興拠点)にある。公費解体で建物はない。そこから数百メートル先には立ち入り禁止のバリケードが見える。震災直前まで7千人余りが町に暮らしていたが、1月1日時点の居住人口は196人にとどまる。昨年春、母校・双葉高で卒業生らに呼びかけ、学校の草刈りボランティアを始めた。今月の月命日の作業にも全国から参加の連絡がある。「何らかの形で人が集える舞台にしていきたい」。関わり続けることが、再生の力になると信じている。