福島のニュース
埼玉県加須市で暮らす双葉町埼玉自治会長の吉田俊秀(77)は東武伊勢崎線の加須駅に近い戸建てに住む。リビングの壁掛けカレンダーには、自分と妻岑子[たかこ](80)の予定が赤黒2色のマーカーで所狭しと書き込まれている。目下の楽しみは10、11の両日、福島県双葉町で開かれるダルマ市だ。
自治会は地域で開かれる春の藤まつり、夏の盆踊り、秋の銀杏祭[いちょうさい]など、市内で暮らす町民が集う機会を設けてきた。古里の復興状況を伝えることも目的の一つとしている。ただ、昨年の夏祭りは猛暑の影響もあってか、参加者が少なかった。
行事が会員の求めに沿ったものかを検証するため、自治会は会員にアンケートを実施。恒例の旅行や祭りへの参加意向、自治会に求める役割などを尋ね、結果を新年度の活動に反映させる。
自治会の原点は東京電力福島第1原発事故発生直後の避難所生活にある。双葉町民のうち、約1200人が2011(平成23)年3月中から役場とともにさいたまスーパーアリーナ(さいたま市)、旧騎西高(加須市)に身を寄せた。避難で町の行政機能が逼迫する中、集団生活を乗り切るには「住民による自治」が求められた。
町民の中には古里を突然離れた憤りや先の見えない不安を職員にぶつける人もいた。「職員対住民」という衝突に至る場面も少なくなかった。町内で行政区長をしていた有志が音頭を取り、支援物資の分配や掃除当番などのルールを整えていった。
「自分たちのことは自分たちで決める」。日々、浮上する課題を整理し、共有する。積み重ねが2014年2月の自治会設立の土台となった。
当初は困難続きだった。町民の名前や避難先、連絡先などを共有するように町に掛け合ったものの、個人情報保護法との兼ね合いを理由に断られた。住民の所在の把握は自力に委ねられ、吉田らは「いわきナンバー」の車が止まっている家々を一軒ずつ訪ね、名簿を作り上げた。名簿は活動の柱となり、役員13人が担当区域に年に3回、会報を届けている。
原発事故に伴い多くの県民が避難した地域には自治会ができたが、既に解散したケースも少なくない。双葉町埼玉自治会には加須市に避難する町民127世帯のうち、約90世帯が属しているものの、ピーク時に比べれば会員数は減少傾向にある。月日が流れる中で町の記憶は薄れ、原発事故を知らない世代も増えた。役員は最年少で66歳と高齢化し、自治会に入らない若者も多い。
復興する町への帰還を望む人もいれば、加須に定住を決めた人もいる。自治会は古里から分断された住民を緩やかにつないできたが、住民票の選択も含め、思いや立場は一様ではない。
吉田は自治会の役割が「これからどう生きるか」を考える場に変わりつつあると感じている。長期避難の中、高齢者の見守りをどう続けるのか。加須市との協力関係をどう保つか。在り方を問い続けている。(文中敬称略)

