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福島県合気道連盟名誉会長の追分[おいわけ]拓哉さん(79)=福島市東中央=は病気やけがなどの困難を乗り越え、県内で初めて合気道8段位に昇段した。関節の病を患っていたが、昨春に手術を決断。毎日の稽古を欠かさずに夢である最高段位に到達した。今も若い世代の指導に尽力し、技の普及と後進育成に貢献してきた功績も含めて評価された。「合気道は人生そのもの。素晴らしさを、これからも多くの人に伝えていきたい」とさらなる精進への思いを高めている。
25日、福島市須川町の合気道福島武道館に、気合の入った声が響いた。追分さんはりんとしたたたずまいで畳に立ち、門弟一人一人に目を配りながら技を指導した。
ここまでの道のりは平たんではなかった。46歳の時、脳内出血で倒れ、一時は左半身不随となった。リハビリを経て回復したが、その後、変形性膝関節症を患った。思うように足が動かず、理想とする動きとの差に苦悩する日々が続いた。昨年春に両膝に人工関節を入れる手術を決断した。術後は動かせる部分を1ミリずつでも広げられるよう、自身の体と向き合いながら稽古を重ねた。「必ず、以前のように動けるようになる」。厳しい鍛錬の日々を耐えられたのは、悲願としていた8段位への思いが胸にあったからだ。
今月11日、東京都の本部道場で行われた鏡開きの席上で、植芝守央道主から昇段証書を授与された。8段位は到達者が極めて限られるとされ、技量だけでなく合気道界への貢献、精神性の深さなどが問われる。東京・日本武道館で開かれる全日本合気道演武大会の「師範の部」での演武が登竜門とされるが、植芝道主が実績などを認めた高段者のみが立てる場で、追分さんも出場した。東北初の合気道専門道場を開設して半世紀となる追分さんの下から約600人が巣立っており、普及を後押しした功績なども認められた。
追分さんは福島商高から明治大に進学後、勧誘された合気道部に入部した。勝ち負けを競うのではなく、相手を受け入れる奥深さに魅了され、人生そのものだと感じるようになった。卒業後は家業の酒類販売業などの傍ら、福島市内に道場を開設。多忙な日々の中でも毎朝の稽古を欠かさなかった。現在も土日を中心に合わせて約7時間の稽古に励む。県合気道連盟によると、8段位取得者は指導を専門とする人がほとんどで、追分さんのように事業に携わりながらの昇段は初とみられる。
「合気道を通して、社会で通用する人材になってもらいたい。人生を豊かにしてほしい」との信念を持ち、若い世代を教え、導く追分さん。苦難を乗り越えた末の8段位はゴールではない。今後も自身の修業を続けながら合気道の魅力を広めていく。
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福島県は合気道と歴史的な関わりが深い地域とされる。会津藩家老の西郷頼母から薫陶を受けた会津坂下町出身の武田惣角が大東流合気柔術を体系化し、影響を受けた植芝盛平が合気道を創始したとされている。現在、世界の愛好者は約160万人に上るという。

