【3.11 それぞれの15年】浪江の野菜で笑顔に 避難で休止直売所再開へ 福島県浪江町の渡辺栄子さん(77)

  • [エリア] 二本松市 浪江町
【3.11 それぞれの15年】浪江の野菜で笑顔に 避難で休止直売所再開へ 福島県浪江町の渡辺栄子さん(77)

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東京電力福島第1原発事故に伴い休止した、福島県浪江町のJAふたば女性部浪江支部(現JA福島さくら女性部浪江支部)の直売所が5月にも15年ぶりに再開する。支部長で運営責任者だった渡辺栄子さん(77)は発起人となり、野菜作りに励んでいる。7年前に帰還し、衰えた畑の地力回復や同志を募っての栽培講習を重ねてきた。「浪江産の野菜のおいしさと安全性を大勢の人に伝えたい」。生産者に生きがい、地域ににぎわいを生む場を取り戻そうと意気込んでいる。
「多くの人に食べてほしい」。まだ冷え込み厳しい2月中旬、渡辺さんは浪江町加倉の自宅脇にある畑で菜花を収穫した。この時期は葉物や根菜など約20種類を育てている。年齢を重ねた分、腰などに痛みが走る日も増えた。それでも、味わってくれる消費者の笑顔を思うと力が湧いてくる。
専業農家に生まれ、幼少期から農作業を手伝った。家業を守り、40歳のころから直売所を運営する女性部に加わった。JAふたば浪江支店前にあった直売所に旬の野菜や花を出し、地域の食卓や庭先を彩ってきた。
休止前の直売所は毎日開店し、平日は約50人、休日には100人超が訪れた。約20人の生産者が自慢の産品を並べ、なじみ客を笑顔で迎えた。売り手と買い手がたわいない世間話で盛り上がる空間だった。「お客さんに『おいしい』と喜んでもらえる。生産者のやりがいだった」と往時を懐かしむ。
ただ、2011(平成23)年3月に起きた東日本大震災と原発事故で浪江町は全町避難となり、直売所も休止に追い込まれた。渡辺さんは避難先の二本松市で「野菜を皆に届けられないのが悔しい」と無念の日々を送った。
2017年3月、自宅を含む町中心部の避難指示が解除されたのが転機となった。翌月、町内で開いた女性部浪江支部の総会で改めて支部長に就いた。約20年前の最盛期に80人ほどいた支部のメンバーは約30人まで減っていた。先を描きづらい状況下でも「直売所は農家と町民の双方に大切な場所。いつか再開させる」と希望を捨てなかった。
2019年に自宅に戻りキュウリやナスなどを育て始めたものの、思うようには育たなかった。除染で畑の土が剝ぎ取られ、地力が低下していたためだ。支部内でも荒れた田畑を悲観し、農業から離れる人が珍しくなかった。
「このままでは直売所が再開できない」。2年ほど前から肥料の効果的な使用方法や農地の回復方法を学ぶ勉強会を企画。町に戻った仲間を中心に声をかけて受講者を集め、月1回程度開き続けた。
努力が実り、次第に納得のいく作物が作れるようになった。生産を再開する部員も増えた一方、町内で販売できる場所はごく限られていた。「直売所をまたやってよ」「新鮮な野菜を出そう」。部員や町民の再開を願う声が高まり、「今こそ再び直売所を開こう」と決心した。昨年末、女性部の役員会で自身の熱意を伝えて賛同を得た。
念願の直売所はJA福島さくら浪江支店の敷地内に設ける。特設テントで週1日営業からの再出発だ。「野菜をまた店に出せる日が待ち遠しい。再開を浪江の農業再生につなげたい」と将来を見据える。