【3・11 それぞれの15年】時計の針に問う未来 福島に戻り復興伝える 双葉町出身の大塚さん

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【3・11 それぞれの15年】時計の針に問う未来 福島に戻り復興伝える 双葉町出身の大塚さん

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福島県双葉町出身の大塚淳子さん(59)は環境省の職員として東京電力福島第1原発事故に伴う放射線問題に向き合う一方、週末は県のホープツーリズムのフィールドパートナー(総合案内人)として東日本大震災の被災地を案内している。絵本作家としても活動を続ける。古里を離れた時期を経て福島に戻り、事故から15年となる今、未来へ何を残すかを問い続けている。
被災地を案内する際、必ず立ち寄る場所がある。JR常磐線双葉駅の駅舎にあるからくり時計だ。時計の針は地震発生の1分後の「午後2時47分」で止まったままになっている。
時計の前で、訪れた人に問いかける。「被災地の時間は止まったままだと思いますか。それとも、進んでいると思いますか」
すぐに答えが返ってこないこともある。「それぞれに受け止め方がある。それでいいと思う」と語る。
福島市にある環境省福島地方環境事務所渉外広報課で、リスクコミュニケーション専門官を務める。主な業務は、小中学生に放射線教育を行う教員向け研修の実施や教材作成、現地を知るプログラムの企画運営だ。事故発生後に生まれた世代が増える中、原発事故を、放射線をどう伝えるか。紙芝居やクイズ形式を取り入れるなど、理解を深める工夫を重ねる。
「知らないことは自然なこと。でも、知ろうとするきっかけは残したい」。科学的事実に基づきながら、不安や疑問に丁寧に向き合う姿勢を大切にする。
双葉北小、双葉中、双葉高で学んだ。高校時代の厳しかった校歌指導やマラソン大会を思いだす。1年間の米国留学を経験し、卒業後は上智大比較文化学部に進学した。関東で就職し、古里の外に広がる世界に憧れた。
転機は2011(平成23)年3月。埼玉県所沢市で被災した。双葉町の両親や弟の無事は確認できたが、原発事故により町は全町避難となり、家族は福島市へ移り住んだ。故郷がすぐには帰れない場所になった現実を遠くから受け止めるしかなかった。
所沢市内で福島県産の野菜が安く売られているのを目にしたとき、複雑な思いが込み上げたという。怒りというより、やりきれなさだった。福島のために自分にできることはないのかと考えるようになった。
2014年に福島へ戻り、地元企業勤務を経て、2018年に環境省へ入った。2022(令和4)年度からは、ホープツーリズムの総合案内人としても活動。外国人を含め、これまでに約1300人を案内した。環境省の事業で昨年11月に案内した福島医大と福島大の学生の中から、浜通りで復興活動に取り組むボランティア団体が二つ立ち上がった。「伝えたことが、次の行動につながったならうれしい」と笑顔を見せる。
絵本作家としても歩みを進める。2021年に『ふくしまからのメッセージ』を自費出版した。今月11日には、双葉町を題材にした『海の子
里の子
町の子』を自費出版する。題名は母校双葉北小の校歌から取った。「震災前の、当たり前だった双葉町の姿を形に残したかった」。道の駅なみえで取り扱う予定だ。
止まったままの時計の下で問いを投げかけながら、自らの歩みを止めない。次の世代に、福島で起きたことを正しく伝えたい。