福島のニュース
検事や弁護士、警察官、棋士らを主人公に、人の葛藤や世の不条理を描いてきた作家の柚月裕子さんは東北に生まれ育った。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から15年の歳月をどう見つめるのか。悲しみを乗り越えた人の強さを語り、今を生きる人に伝え続ける責任があると訴えた。
<岩手県出身で、山形県内に居住している。震災と原発事故の記憶をたどると、最初に浮かぶのは「何もない」景色だという>
あるべきものがそこになく、ここにないはずのものがある。沖に浮かんでいるはずのブイがねじ曲がった電柱に引っかかっていたり、布団や日用品が町の中の高いところに残されていたりする。その一つ一つが強烈な違和感として残っている。
<震災から1週間後に故郷の岩手県に入った>
本当に線を引いたように、被害が如実な場所と、何事もなかったかのような場所が分かれていた。見た目は日常と変わらない場所がすぐ隣にある。「無事だったんだな」と安堵[あんど]する気持ちと、被害を受けた場所のすぐ隣が何事もないように見えることへの残酷さ。その両方を感じた。福島の場合、その線引きが人の関係性にまで及んだと感じる。心を寄せたいけれど条件が違うことで気安く声をかけられなくなった人もいる。逆に、強い怒りや疑問を抱えた人もいる。目に見える建物の崩壊だけでなく、人の絆や関係性が崩れていく。その感覚は強かった。
<震災、原発事故では多くの被災者が避難や移転を余儀なくされた>
人には「帰る場所」があるのとないのとでは大きな違いがある。自分の意思で住む場所を変えるのなら納得して人生を歩めるが、無理やり帰る場所を奪われた人は土台となる地面がないような感覚になる。震災後に何かを積み上げていっても足元が不安定で、どこかふわふわしている。今でもそうした感覚を抱えている方は多いと思う。同じ被災地でも家族の状況や賠償の有無で、まったく違う人生を歩むことになる。それも震災の残酷さだと思う。
<「風化」や「風評」をめぐる言葉の扱いは、創作にも影響を及ぼした>
昨年刊行した、震災直後の東北を舞台にした「逃亡者は北へ向かう」(新潮社)を書くときも、風化については強く意識した。作中に日付を入れなかった。震災に近い時期であれば作品の中で「2011年3月11日」と日付を明記していたと思う。しかし、執筆まで時間が経ち、各地で災害が相次ぐ中で、悲しみや不条理は特定の日付に限られたものではないと感じるようになった。一方で、日付を外すことが風化につながるのではないかという葛藤もあった。それでも、震災を語り続けることは、悲しみや不条理と向き合い、それを乗り越えようとした人がいたという事実を伝えることだと思っている。それは、これから先、別の困難に直面する人へのメッセージになると信じている。
<震災の記憶を残すとは何か。被災地で問われている>
震災そのものを忘れないというより、悲しみや不条理と向き合った人がいたことを残していくことが大切だと思う。吉村昭の「三陸海岸大津波」を震災後に読み、昔も今も人の悲しみや立ち直る力は変わらないと感じた。だからこそ、私たちには伝え続ける責任がある。
<隣県に住んでいることもあり、福島には度々訪れている>
福島には食も温泉も自然も人も、魅力がたくさんある。土地に誇りを持ってほしい。今も風評被害などでつらい思いをしている方がいると思うが、胸を張って「自分たちはいいものを作っている」と言ってほしい。何かを乗り越えてきた人は強い。多少のことではへこたれない。その自信と勇気を持って、これからを生きてほしいと心から願っている。
岩手県釜石市出身、山形県在住。2008年、「臨床真理」が「このミステリーがすごい!」大賞に選ばれデビュー。「検事の本懐」で大藪春彦賞、「孤狼の血」で日本推理作家協会賞。主な作品に「盤上の向日葵」「風に立つ」など。人気シリーズ佐方貞人弁護士の16年ぶりとなる新作長編「誓いの証言」(KADOKAWA、2090円)が26日に刊行される。

