【復興検証 震災・原発事故15年】第5部 自主避難❸ 「想定外」総数つかめず 適切支援へ詳細把握を

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【復興検証 震災・原発事故15年】第5部 自主避難❸ 「想定外」総数つかめず 適切支援へ詳細把握を

福島のニュース


日本の原子力政策で、事故後の避難対応はどのように位置付けられてきたのか。
旧原子力安全委員会は1979(昭和54)年の米スリーマイル島事故を受け、原子力災害への備えの検討に着手。翌年には防護措置の基本方針(旧防災指針)をまとめた。旧指針は「防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲(EPZ)」を「原発から半径10キロ圏内」としていた。旧安全委を継承した原子力規制委員会の事務局を担う原子力規制庁は「原発の『安全神話』が被害想定を矮[わい]小[しょう]化させたのだろう」(放射線防護企画課)と当時の背景を推し量る。
旧指針は東京電力福島第1原発事故にも適用され、自治体が避難などを進める「道しるべ」とされた。ただ、15年前の過酷事故による影響はその想定をはるかに超えた。
事故直後に原発から同心円状に出された避難指示は20キロ圏、さらに遠方の計画的避難区域まで拡大。国や東電からの情報発信の混乱も重なり、避難区域外の人々を自主避難という「想定外」の行動へと走らせた。福島県の避難者は2012(平成24)年5月には、県外への10万2827人を含む16万4865人に達した。
政府は旧安全委と経済産業省原子力安全・保安院に代わる規制機関として2012年9月に原子力規制委を発足。翌10月に旧指針を見直し、事故に事前に備える「原子力災害対策重点区域」を半径30キロ圏とする―などと改めた。
復興庁は東日本大震災と原発事故に伴う避難者を「災害を機に住居を移転し、その後、前の住居に戻る意思を有する者」と定義。昨年11月1日現在の福島県の避難者は2万3701人とピーク時の7分の1まで減ったが、いまだに約1万9千人が県外に暮らす。
このうち、一定程度が自主避難とみられるが、正確な人数は判然としない。同庁被災者支援班の担当者は「避難元がどこかは発災当初から調べていない。自主避難者の数は把握していない」とし、「避難者に区別はなく、支援に支障はない」との見解を示す。
一方、県には発災4日後の時点で4万256人が自主的に居住地を離れ、半年後には5万327人が自主避難したとの推計が残る。また、自主避難者への仮設・借り上げ住宅の無償提供を2017年3月末で終える前段、2016年10月の対象者は2万6601人としていた。だが、打ち切り後の自主避難者数が分かる県の公的資料はない。県生活拠点課は転居を巡る相談などには対応しているものの、人数把握は所管外とする。自主避難者は今や総数さえ、つかめない存在となっている。
避難者数は避難者支援、帰還促進など国の復興施策の基となる情報の一つだ。その把握状況は国会でも度々論点とされてきた。2023(令和5)年4月の衆院東日本大震災復興特別委員会では「市町村と国が公表する避難者数が大幅に異なる」と比例東北選出(当時)の馬場雄基(33)が指摘したのに対し、復興庁審議官の岡本裕豪(当時)が「避難者数の適切な把握に引き続き努める」と答弁した。
埼玉県で避難者支援に携わる立教大准教授の原田峻(41)=社会学=も「国と県が把握する避難者数は実態と乖[かい]離[り]していた時期があった」と話す。2024年まで定期的に同県の全63市町村に避難者の受け入れ状況を調査。2014年に同県の発表数が調査結果を大幅に下回っていたことが分かり、国や県の集計法に問題提起をした。
原田は「避難者数が過小評価されていた可能性がある」との見方を示す。多くの避難者を生む原子力災害が今後も起こらないとは言い切れない以上、より適切な支援に向けて避難者の所在を確実に把握する必要があると訴える。(文中敬称略)