福島のニュース
「あの時、命をつないでもらったから今がある」。福島県いわき市の栗原麻美さん(47)はこの15年間、感謝の気持ちを持ち続けてきた。当時、もうすぐ15歳になる長男の勇[ゆう]翔[と]さんがおなかの中にいた。地震の揺れで倒れた家具に挟まれ、身動きが取れない状況となったが、知人に助けてもらった。発酵食品ソムリエとして活動しており、「生かされた命で人の役に立ちたい」と誓う。
「これは疲労回復にいいんだよ」。栗原さんは勇翔さんに優しく話しかける。県内の水泳大会で上位入賞する実力の勇翔さんを食事面から支えている。
2011(平成23)年3月11日、夫の職場がある仙台市の社宅にいた。おなかの中では、2人目の子どもとなる勇翔さんがすくすく育っていた。穏やかな日常だった。
「福島に戻る辞令が出た」。夫から電話で連絡を受け、話している最中に激しい揺れに襲われた。ただ事ではない状況を感じ取った夫がとっさに「何があっても絶対守る」と言い終えるや否や、回線が切れた。その後すぐ、栗原さんは倒れてきた家具などに挟まれ、当時2歳の長女と身動きが取れなくなった。「もしかしたら、このまま死んでしまうかも…」。動けないまま30分近く経過したころ、別の社宅に住む夫の同僚の家族が妊娠中の栗原さんを心配して訪ねてきた。無事助け出された。おなかの赤ちゃんも無事だった。翌日、夫と再会した。
妊婦にとって避難所での生活は厳しかった。車中で寝泊まりし、当時社宅にいた知人に買い物をお願いした。食事を出してもらったことも。周囲の支えもあり4月3日、無事に赤ちゃんが産まれた。震災前、名前は「悠[ゆう]翔[と]」と考えていたが、多くの人に助けてもらった経験から、人に勇気を与えられるようにとの願いを込めて「勇翔」に変更した。
その後、いわきに移り、再び転機が訪れた。新型コロナ禍だ。当時、市内のカフェで働いていた。震災後と同様、世の中がふさぎ込んでいると感じた。「人はいつ死ぬか分からない。今できることで人の役に立ちたい」。震災後の経験を思い起こし、一念発起。発酵食品ソムリエの資格を取った。食事で免疫力を高め、家族や客を守りたいと考えた。現在は発酵調味料を作るワークショップを定期的に開催している。
いつ起きるか分からない災害に備え、発酵防災食のワークショップも始めた。支援物資の食料と発酵調味料を組み合わせ、少しでも健康的な食事を取る方法を伝えている。
勇翔さんは母の姿を見るうちに、食事面で人を支えたいと思うようになった。高校生までは競技を続け、将来は管理栄養士としてアスリートをサポートする夢を描く。栗原さんは「周囲の人に助けられていると常に感じながら生活している。これからも人の健康につながることをしたい」と言葉に力を込めた。

