【震災・原発事故15年】ユナイテッドなくさないで 危機救った少女の訴え 8日ホーム開幕戦「感謝伝えたい」

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【震災・原発事故15年】ユナイテッドなくさないで 危機救った少女の訴え 8日ホーム開幕戦「感謝伝えたい」

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サッカーJ3福島ユナイテッドFC(福島U)は今年、現運営会社の設立から、15年目を迎えた。始動のわずか1カ月後に起きた東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で活動が制限され、存続の危機に。だが、チーム関係者が避難所で出会った少女の言葉が運命を変えた。「ユナイテッドはなくなっちゃうの」。奮起した経営陣はスポンサー集めに奔走し、再建にこぎ着けた。チームは8日、開催中の特別大会でホーム開幕戦を迎える。「ここまで来られたのはあの子のおかげ。15年分の感謝を伝えたい」。選手らは特別な思いで臨む。
2002(平成14)年に福島Uの前身である「福島夢集団」が発足。福島Uを運営するAC福島ユナイテッド社長の鈴木勇人さん(53)は本業の建築設計業の合間を縫い、ボランティアとして運営に携わった。ところが、2010年に資金繰りに行き詰まり「緊急事態宣言」を出すことに。クラブの存続が危ぶまれたが、地元経済人有志が資金を捻出して財政再建にこぎ着け、2011年2月に運営会社のAC福島ユナイテッドを設立。東北社会人リーグ1部にとどまった。
震災前、福島Uは県内各地で開くサッカースクールで収益を得ていたが、原発事故の影響で屋外活動が制限され、在籍選手の大半が新天地を求めてチームを去った。震災直後に開いた役員会で休止を決めた。
少女との出会いはその直後だった。鈴木さんは残った選手らと各地の避難所に出向き、炊き出しを行った。福島市の十六沼公園体育館に避難していた子どもたちに鈴木さんは、「ボールで遊ぼうよ」と声をかけた。見知らぬ小学生ぐらいの少女がやって来た。南相馬市のサッカースクールに通っていた少女だった。少女は真っすぐ鈴木さんの目を見て「ユナイテッドはなくなっちゃうの。なくさないで」と涙目で訴えた。鈴木さんの胸に刺さった。「今こそ頑張れという、地域の声だ」と確信した。クラブが県民の希望となっていることを実感した。飛び込みで企業を回り、スポンサー獲得に奔走。震災対応で各社とも手いっぱいの中、協力を申し出る企業が現れた。「大人が諦めちゃいけないと痛感した」と振り返る。
再始動した福島Uは震災の年と翌年に2年連続で東北社会人リーグ1部で優勝。全国地域サッカーリーグ決勝大会で準優勝し、日本フットボールリーグ(JFL)に昇格した。2014年に新設されたJ3リーグへ参入し、12シーズン戦っている。明治安田J2・J3百年構想リーグを経て来季、悲願のJ2昇格を目指す。今季加入した元日本代表FW三浦知良選手(59)は「クラブの歴史は理解している。福島でプレーする重みを感じながら最後まで諦めずに戦う」と決意する。
鈴木さんは少女の名前を知らない。だが、福島Uに再び魂を吹き込んだ言葉は今も胸に刻み込まれている。震災前などの節目にその思いを選手やスタッフに伝えている。「県民に勇気を与える存在であり続けたい」。少女の姿を思い浮かべチームをけん引する。