【3・11 それぞれの15年】歌詞への願い 今も 福島市のave(エイブ)さん 発災直後から歌い続け

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【3・11 それぞれの15年】歌詞への願い 今も 福島市のave(エイブ)さん 発災直後から歌い続け

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未曽有の災害に揺れた春に、歌詞へ込めた願いは今も変わらない。〈うつむいた現実よりも、福島の空に未来を見よう〉。福島市のシンガー・ソングライターave(エイヴ)さん(47)は東日本大震災と東京電力福島第1原発事故発生直後、既に発表していた「福の歌」の歌詞を書き直した。古里で生きる覚悟を、多くの人と共有した。それから15年。変わらずに「この街で生きていく」との思いを胸に、県民と歩み続ける。
福島市が烈震に襲われたあの時、県民は刻一刻と明らかになる津波の被害、原発事故の報道を固唾をのんで見守った。そんな中、地元ラジオ局で「福の歌」が流れた。震災前の2008(平成20)年に発表した曲で、地方都市が抱えるもどかしさや葛藤にも触れていた。信夫山の夜景を引き合いに、街の明かりよりも自然こそが福島の魅力だと皮肉を込めて表現した一節もあった。災禍を生きる人たちに寄り添った歌詞ではない、と感じた。
「このまま流し続けてよいのか」。自問を重ね、共に歩む決意を前面に出す歌詞に改めた。発災から4日後に「頑張っぺver.」を録音した。
反響は想像を超えた。リクエストが相次ぎ、リスナーからのメールには「福島に必ず戻ってくる」などの声があった。「歌は誰かの人生に影響を与える可能性がある」。表現の重みを実感した瞬間でもあった。
やがて街の風景は少しずつ戻り始めた。「福の歌」が震災直後の苦悩を思い出させてしまうのではないかと考え、歌うのをためらった時期もあった。
それでも、人々が支え合った温かな記憶まで風化させてはいけないと感じた。県民に寄り添い続けたい。2012年から「それでも僕は、」などさまざまな楽曲を制作。ラジオ出演を続け、仮設住宅で即席のカラオケ大会を開くなどしてきた。
15年の節目となる11日は福島市内のまちなか広場で、復興祈念キャンドルナイトに出演する。〈君の故郷になれるよう、まずは僕が動きだそう〉。書き換えた歌詞の通り、この街で歌いながら生きていく思いを、県民の心へ届ける。