【あなたを忘れない】献身の母と妻、最後まで 三浦安子さん当時76 浩美さん当時36 福島県南相馬市

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【あなたを忘れない】献身の母と妻、最後まで 三浦安子さん当時76 浩美さん当時36 福島県南相馬市

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家族を優しさで包み込むような2人だった。福島県南相馬市原町区の三浦安子[やすこ]さん=当時(76)=と義理の娘の浩美[ひろみ]さん=当時(36)=は東日本大震災の津波で犠牲になった。安子さんの長男で浩美さんの夫・良幸さん(68)は、2人が孫や子に惜しみない愛情を注いだと振り返る。
浩美さんは市内の自動車販売会社に勤務し、同僚だった良幸さんと出会い結婚した。17歳も年下だったが、3人姉妹の長女で面倒見が良かった。親の帰りを自宅で心細く待つ幼少期を送ったため、2人の子には寂しさを感じさせまいと専業主婦を選んだ。
思い出の品は子ども部屋に置いてある学習机だ。長男悠さん(26)、次男光さん(23)のために、浩美さんが選んで購入した。子どもに寄り添い、作文を添削したり、勉強を教えたりする姿が日常だった。
会社員となった光さんは趣味のイラストを描く際に利用している。母の面影に浸れる幸せなひととき。「座ると安心する」という。
安子さんも孫の面倒を進んで引き受けた。悠さんと光さんをかわいがった。孫たちとの会話を楽しみ、晩年はデイサービスセンターの仲間との交流を楽しむ日々を過ごしていた。
そんな幸せは、海から押し寄せた濁流で一瞬にして奪われた。あの日の朝、浩美さんは仕事と学校に向かう良幸さんら3人を「いってらっしゃい」と送り出した。いつもと変わらない明るい表情だった。
強烈な揺れに襲われた後、浩美さんは沿岸部の実家の様子を見に安子さんと一緒に車で向かった。浩美さんは良幸さんとの電話で「(自分の)父と祖父を避難させる」と伝えた。それが最後の会話となった。
1カ月後、安子さんと浩美さんの遺体が相次いで見つかった。良幸さんは「息子2人を育てなくては」と前を向くしかなかった。家族の死をどう受け止めて良いのか戸惑う息子たち。最も写りの良い浩美さんの写真を子どもたちに渡し「肌身離さず持っていろよ」と励ました。
慣れない家事に追われる良幸さんは病魔に襲われた。震災の7カ月後と2021(令和3)年に脳梗塞に倒れた。左半身が不自由になり、言葉をうまく話せなくなった。病床で心の支えになったのは亡き妻との思い出だった。「あなた、しっかり」。いつも励ましてくれた浩美さんの言葉を感じながらリハビリに励み、日常生活を送れるまでに回復した。
会社員の長男と次男は、体の不自由な良幸さんを気遣い、同居している。良幸さんに代わって地域の奉仕活動などに積極的に関わる。妻や母に誇れる自慢の息子たちだ。
仏壇には水と食事を欠かさない。水は良幸さん、食事は息子たちが毎日供える。仏間は玄関近くにある。いつでも目にできるよう、ふすまを開け放しにしている。「ずっとそばにいるよ」。良幸さんは天国の2人に思いをはせた。