【あなたを忘れない】漁の達人と支えた妻 小野利雄さん当時86 キクイさん当時86 福島県新地町

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【あなたを忘れない】漁の達人と支えた妻 小野利雄さん当時86 キクイさん当時86 福島県新地町

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腕利きの漁師として海と共に生き、妻がその活躍を支えた。福島県新地町谷地小屋の小野利雄さん=当時(86)=、妻キクイさん=同(86)=は東日本大震災の津波で亡くなった。利雄さんは85歳まで魚を取り、キクイさんは漁の手伝いや農家の仕事もこなし家庭を守った。
「最後まで仲のいい夫婦だった」。次女とき子さん(76)、夫で漁師の重美さん(79)は寄り添う2人の姿を思い浮かべ、遺影に手を合わせた。
利雄さんは中学を卒業してすぐ、漁師の道に進んだ。刺し網漁を得意とし、スズキやタラ、サケなど、旬の魚を狙って海に出た。魚群探知機を使わず、潮の流れや勘を頼りに漁場を決める達人だった。海水を口に含んで魚の居場所を見極める手法には、周りの仲間が舌を巻いた。ただ、震災の1年ほど前に漁船が壊れたのを機に引退。その後も頻繁に港を訪れ、出漁できないやりきれなさを表情に浮かべていたという。
キクイさんはおとなしく、優しい性格だった。辛抱強い働き者。未明に出港した夫を必ず、早朝の釣師浜漁港で出迎えた。無事の帰港を見届けると、一緒に帰宅して温かい朝食を振る舞うのが日課。コメや野菜を作りながら、網の補修を手伝った。
家が近かった2人は恋愛結婚した。4人の子どもを授かり、幸せな家庭を築いた。震災前までは海の近くの家で、重美さん夫婦、孫夫婦とひ孫2人の8人暮らしをしていた。全員でのにぎやかな夕食が終わると、夫婦で2階の自室に戻った。利雄さんの趣味はカラオケ。大好きな演歌を流して熱唱する利雄さんの歌声に、キクイさんが聞き入った。家族は、けんかする姿を見たことがなかったと振り返る。
重美さんは地震の発生直後、津波被害を逃れるため自分の船を沖に出した。「山のように大きく真っ黒だった」という波を進み、やり過ごした。洗濯機や畳などが引き潮で流れてきた。嫌な予感を振り払い、一晩を海で過ごして自宅に戻った時には、全てが流された後だった。津波が襲来した時、キクイさんは家にいたという。周りの人から避難を勧められたが、逃げなかったとみられる。
キクイさんは震災の3日後、自宅付近の線路脇で発見された。重美さんは宮城県まで足を延ばし、しばらく懸命に利雄さんを探したが、見つからなかった。あの日の強い引き潮を思い出した。「きっと浜の様子を見に行ったんだろう」と最後まで海の男だった義父の心情を推測する。
とき子さんは、何とか利雄さんの遺骨が見つかるようにと願う。「2人は結婚してから50年以上、ずっと一緒だった。同じお墓で過ごさせてあげたい」と諦めきれない思いを語った。