【震災・原発事故15年】未来紡ぐ「若者のことば」に 会津学鳳高生3人、思い込め 11日、福島県追悼復興祈念式

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【震災・原発事故15年】未来紡ぐ「若者のことば」に 会津学鳳高生3人、思い込め 11日、福島県追悼復興祈念式

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「震災の記憶がない私たちだからこそ、福島の未来のために何ができるかを考えていく」。福島県会津若松市の会津学鳳高の武内聡美さん(17)=2年=、庄條のりさん(17)=同=、進藤慶さん(16)=1年=は東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から15年を迎えた11日、福島市のパルセいいざかで行われる県追悼復興祈念式で「若者のことば」を述べる。当時の記憶がない悲しさ、震災教育の地域の温度差、県内外から見た福島の姿。15年の時が過ぎる中で、それぞれが抱いた思いを言葉に紡ぐ。
武内さんは大熊町出身。2歳で震災と原発事故を経験した。三春町や関東地方での避難生活を経て、3歳ごろから父方の祖母の地元である会津美里町で生活している。両親と2人の姉、兄と違い、自分だけ当時の記憶がない。2年前、大熊町の実家を取り壊すことになり一家で最後に訪れた。家族が古里を懐かしむ中、一人だけ何も覚えていないことが「寂しかった」。
「活気のある町だった」「原発があったから発展していた」。両親から震災前の大熊町の様子をよく聞かされた。浜通りと会津、二つの地域のおかげで今の自分があると心に刻む。「自分が親や兄弟から聞いたことを、さらに若い世代に伝えていく」と誓う。
庄條さんは2歳の時に、いわき市で被災した。幼稚園まで市内で暮らし、小学1~3年生を郡山市、その後を会津若松市で過ごした。複数の土地での生活を経験し、会津では浜通りや中通りに比べて震災教育の機会が少ないと感じた。
それなら自分が行動しようと、昨夏から被災体験を同世代に広める活動を始めた。会津学鳳中・高の教員に当時の話を聞き、インスタグラムや校内展示などで発信している。「経験していないと震災を遠ざけるのではなく、自分たちも新たな防災について考えなければいけない」と強調する。
進藤さんは会津若松市で生まれ育った。昨年、三春町の県環境創造センター(コミュタン福島)で県内外の高校生が福島県の現状を学ぶイベントに参加。県外の生徒が、過疎が進む地方を「自然豊かで住みやすい」と話していた。大きく異なる視点だと驚いた。
一方、震災と原発事故は知識として知っているだけで、どこか別の世界のように捉えていると感じた。自分たち若い世代が情報を伝えなければならないと決意した。「震災を体験した最後の世代。何ができるのか当事者として考えていく使命がある」と力を込めた。
3人で意見を出し合いながら構成を練った。福島で何が起こり、どう歩んできたのか。そして未来への希望―。復興を担う若き世代の言葉が県土に響く。