福島のニュース
福島県内のほとんどの公立中学と義務教育学校で13日、卒業式が行われ、合わせて約1万4千人が学びやを巣立った。卒業生は東日本大震災、東京電力福島第1原発事故に伴う避難や復興の真っただ中で育った世代。災禍に直面し、幼子を見守り続けた保護者らへの感謝は尽きない。成長とともに復興の歩みを重ねる古里に心を寄せ、震災の記憶を継承すると誓う。「古里のために」「未来に伝えていく」―。15歳の春を迎えた生徒たちは等身大の言葉で、義務教育生活を結んだ。■感謝
生後11カ月で船引に避難
吉田光里さん(都路中)
復興に役立つことを
「地域のみんなや先生方、そしていつもそばにいて支えてくれた家族、ありがとう」。田村市の都路中の吉田光里さん(15)は卒業生代表で答辞を述べ、父の篤也さん(58)と母の寛子さん(47)に感謝を伝えた。
都路中の卒業生は6人。家族をはじめ、地域住民が授業に協力し、温かく応援してくれた。光里さんは唯一の女子部員として野球部で男子生徒と汗を流した。
光里さんが生後11カ月の時、震災と原発事故が起きた。町内は一時、避難区域となり、両親と姉、兄ら家族8人で市内船引町の親戚宅に身を寄せた。2014(平成26)年、都路町での小学校再開に合わせて帰還した。
元市職員の篤也さんは、震災直後は業務に追われ、一緒に過ごす時間を十分に取れなかった。いつも子どものそばにいたいと7年前に早期退職し、地元でミニトマト栽培に従事し、光里さんらを見守ってきた。「子どもは地域の皆さんに育ててもらった。将来は恩返しできるような人に育ってほしい」と願った。光里さんは「今後、少しでも復興に役立つことができたらうれしい」と前を向いた。■発信
語り部
松尾歩乃佳さん(いわき中央台南中)
得意の英語生かす
震災を経験していない世代が増え、語り部の高齢化が進む中、いわき市の中央台南中の松尾歩乃佳さん(15)は中学生語り部として活動してきた。「私たちだからこそ、できることがある」。卒業後も次世代へつなぐ役目を担い続ける。
震災当時、松尾さんは生後3週間ほど。記憶はない。混乱の中で両親が粉ミルクや、おむつを懸命に探し回ってくれた。「自分にも伝えるべきことがたくさんある」と感じている。
松尾さんが活動を始めたのは2025(令和7)年春。同級生がやむを得ない事情で語り部活動を断念し、役割を引き継ごうと決めた。いわき震災伝承みらい館の催事などに加わり、災禍の教訓を伝えている。将来は得意な英語を生かすつもりだ。「世界中に東日本大震災の経験を広め、未来につなぐ」。真っすぐなまなざしで語った。■伝承
モニュメント「きみと」名付け親
佐川葵保さん(ふたば未来中)
震災を風化させない
「震災と原発事故の記憶を広く知ってもらいたい」。いわき市の佐川葵保[きほ]さん(15)=ふたば未来学園中=は、岩間海岸にそびえる震災伝承モニュメント「きみと」の前で夢を語った。
モニュメントの名付け親だ。被災時の記憶を後世に残せるようにと、「きおくを
みらいへ
ともにとどける」のメッセージを考え、頭文字を取った。
生まれたのは震災の3日前。当時のことは伝聞でしか分からない。ただ、元旦になると、家族で「きみと」を訪れ、初日の出を拝んで風化させてはならないとの思いを強めている。広野町のふたば未来学園中に通う。卒業を迎えるまでの間、震災の記憶を伝える必要性も感じた。
「きみと」の下には震災から20年後の2031年に開封するタイムカプセルが埋められている。「互いの国の歴史や文化を尊重できる大人になっていたらいいな」。モニュメントを優しくなでた。

