福島のニュース
福島県会津美里町の民家に、にぎやかな笑い声が響く。4人の幼子と夫、夫の両親に囲まれた輪の中心に金田智美さん(34)がいる。東京電力福島第1原発事故の影響で楢葉町から会津美里町に避難した。見知らぬ土地での暮らしを強いられ、原発事故を憎んだ時もあったが、「あの事故がなければ、大切な人に出会えなかった」と前向きに捉えられるようになった。
楢葉町で8人きょうだいの五女として育った。富岡高を卒業後、大熊町の老人保健施設で介護福祉士として働いた。社会人1年目の19歳の時、入浴介助中に激しい揺れに襲われた。
原発事故に伴い楢葉町に避難指示が出され、いわき市の小学校に家族で避難した。その後、会津美里町に移り、体育館などの避難場所を転々とし、町内の仮設住宅に落ち着いた。先の見えない避難生活で心身に不調を来した。温暖な浜通りとは異なる気候になじめず、悲しさから仮設住宅で一人涙した。
避難後に働き始めた町内の特別養護老人ホームで、同僚だった正洋さん(39)に出会った。「困った事があったら何でも相談してね」。日本酒や会津特産の馬刺しを食べに連れて行ってくれた。スノーボードも初体験した。少しずつ前向きな気持ちになれた。2019年に結婚し、正洋さんの実家で暮らすことになった。正洋さんの父正さん(70)と母洋子さん(69)が温かく迎えてくれた。
2020(令和2)年4月、第1子となる月燈[つきひ]ちゃん(5)を授かった。自宅近くの伊佐須美神社の灯籠のように、周囲を明るく照らす人になってほしいとの願いを込めた。桜正[おうせい]ちゃん(3)、柳正[りゅうせい]ちゃん(1)と続き、昨年12月に第4子梯正[たいせい]ちゃんが生まれた。名前には会津の桜や新緑の柳、磐梯山と好きな風景から漢字1字を入れた。避難生活で周囲の人に支えられた経験から「人に感謝できる人間に育って」と願う。避難生活は大変な経験だったが、生きていく上で糧になったと思っている。

