八十里越来夏に暫定開通 只見-三条 冬季は通行止め

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八十里越来夏に暫定開通 只見-三条 冬季は通行止め

福島のニュース

福島県只見町と新潟県三条市を結ぶ国道289号八十里越区間(延長20・8キロ)は2027(令和9)年夏に暫定開通する。南会津地域と新潟県央地域をつなぐ道路で、開通による広域的な交流の拡大や観光の振興、救急救命体制の充実が期待される。ただ、豪雪地帯に当たる本県側のトンネル工事など雪崩対策が終わるまでは冬季通行止めとなり、完了を待って通年で全線開通する。27日、国土交通省長岡国道事務所などが発表した。長岡国道事務所などによると、八十里越は只見町叶津地区から三条市までの区間。県境部の約11・8キロは直轄権限代行として国が整備し、それ以外を本県と新潟県が施工している。1986(昭和61)年度に事業化し、1989(平成元)年度に工事に着手した。トンネル10カ所、橋11カ所を設置し、現在の進[しん]捗[ちょく]率は約95%。一部舗装などの改良工事が残っている。総事業費は約1100億円。開通すれば、南会津地域と三条市周辺の新潟県央地域を結び、北関東までをつなぐ広域の観光、物流などを支えるルートが誕生する。八十里越にはブナなどが生い茂り、雄大な自然は新緑や紅葉の名所となる。現在、只見町と新潟県を結ぶ国道252号は冬季には通行止めとなるため、開通後は災害時の物資輸送や避難経路の確保も円滑となる。冬季の積雪は4メートル超に達するため、工事に入れるのは1年のうち半年程度。本県側の叶津地区でスノーシェッドやトンネルを造る必要がある。今後、トンネル工事を進める。完成するまでは、冬季以外は現在の道路を使用して通行できるようにする。通年開通後の通行の安全性を確保する上では、強固な除雪体制の構築が課題として残る。管理に当たる福島、新潟両県は協議を進めて体制を整える方針。救急、観光、交流只見から期待の声八十里越の暫定開通時期が来夏と示されたことを受け、只見町などの関係者からは期待と喜びの声が上がった。開通によって特に期待されるのは救急救命体制の向上だ。現在、町内の救急患者は会津若松市の医療機関まで約1時間30分かけて搬送されている。町は2024(令和6)年に新潟県央基幹病院(三条市)と患者受け入れに関する協定を結んだ。八十里越を通行すれば搬送時間は約20分短縮される。渡部勇夫町長は「町民を救う命の道になる」と意義を強調した。交流人口の増加も見込まれる。町はJR只見駅前にアウトドア用品や生活用品などを取り扱う複合施設建設を計画しており、八十里越は新潟港などからの物流ルートともなる。これまで開通時期が定まらず、町商工会や観光団体は開通イベントの計画を立てられずにいた。目黒長一郎町商工会長は「観光交流の推進や商機の拡大につながる。これで開通イベントの準備に入れる」と歓迎した。北関東を含めた広域観光ルートとしての期待も高まる。南会津町の渡部正義町長は「観光客に滞在、宿泊してもらえるよう受け入れ環境を整える」と語った。八十里越を巡る主な動き1970年度「八十里越」が国道289号に昇格1972年度八十里越地点開発促進期成同盟会を結成1986年度通行不能区間を解消するため整備を事業化1989年度工事に着手2010年度県境のトンネル貫通イベント2012年度八十里越道路暫定的活用検討懇談会を設立2020年度越後・南会津街道観光・地域づくり円卓会議が発足2024年度只見町が三条市、新潟県央基幹病院と連携協定を締結※八十里越国道289号のうち只見町と新潟県三条市を結ぶ県境区間。国内有数の豪雪地帯で、山道の険しさから「1里(約4キロ)が10里にも感じられた」のが呼称の由来とされる。旧道はかつて、南会津側から林産物、新潟側から塩などを運ぶ交易の道だった。1914(大正3)年の岩越鉄道(現磐越西線)の全通により往来が途絶えた。幕末の長岡藩家老で只見町で没した河井継之助が通り、司馬遼太郎の小説「峠」の舞台となった。